INTERVIEW

教員インタビュー 武田真理子教授

――ニュージーランドの公務員数は少ないのでしょうか。

かつては公務員の数も多かったようです。1980年代半ばまでは世界一規制の多い国と自分たちでいうほどでした。また、社会保障で世界一進んだ取り組みを行い、貿易でも保護貿易政策をとるなど、国家主義、社会主義ではないかともいわれていました。しかし、70年代にオイルショックがあり、また、元英国領ということで英国頼りの貿易であったものが73年のEC加盟により英国からそっぽを向かれてしまい、転換を迫られました。その中で、80年代半ばから大胆かつ徹底した行財政改革を15年間やり続け、ニュージーランドは生き延びることができました。その行革期に公務員数も削減しました。
ニュージーランドはこの80年代の行革以前と以後とでは大きく変わりましたが、実は社会保障制度自体は変わっていません。ただし、行革期には国民の痛みを伴い、失業率がほぼ0%だったものが最大では10%を超えるレベルにまで上がり、加えて、ジニ係数も上がって貧困層が発生するなど負の要素を数多くもっていました。そのような中で、なぜ徹底した規制緩和、行財政改革を推し進めることができたかといえば、必要なときの受け皿として、セーフティネットとして社会保障制度がきちんと機能したからではないかと私は考えています。失業率が上がれば当然のことながら財政支出は増えるものの、誰もが次の職が見つかるまでの期間を同じ水準で失業給付を受けられるという仕組みがあったおかげで、この長期にわたる取り組みを続け、困難な状況を国民とともに乗り越えられたのではないでしょうか。日本の雇用保険では失業給付は最大1年間ですから、仮に失業率増加を伴う中長期にわたる行革があった場合に仕事が見つからない人たちは生活ができなくなると思います。

――いまのニュージーランドの失業率はどのぐらいなのでしょうか。

いまの失業率は6%台で、5%前後となっている日本よりは少し高くなっています。グローバル経済の中で、ニュージーランドは日本と同じ島国ということで、貿易に依存しており、内需拡大は見込めないので、同じ苦難に直面しているところだと思います。

――日本ではいま生活保護の給付額が3兆4000億円を超えるともいわれていますが、生活保護のような仕組みはニュージーランドにもあるのですか。

日本は社会保険があるものの、そこから漏れてしまった人、対応できない人については生活保護や社会福祉が最低限の生活を保障するという二重構造になっています。それ故に、「生活保護に落ちる」という言い方がされたり、生活保護を受けることが社会的な烙印を押されたように思われたりしがちです。一方、ニュージーランドは税財源によるシステムとなっていて、いわば全て生活保護になっています。当然、給付を受けるときにはニーズがあるかどうかの判定があり、所得の有無などについても確認があります。ただ、私が現地で見た感じでは認定のシステムが日本の生活保護ほど厳しくはなく、また、日本の社会保険のように書類1枚で給付を請求する仕組みでもありません。社会的な烙印を押されるというスティグマもないことはないのですが、日本とは全く意味合いが違い、構造的なスティグマではなく、権利意識がきちんと醸成されています。日本は憲法25条で健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が規定されているものの、国民の当然の権利として「生活保護を受けに行こう!」という雰囲気ではありませんよね。
先ほど申し上げたように、ニュージーランドでは行革により雇用、経済構造が変わり、長期失業者が多数出てきていた中で、行革期後半の98年に、日本でいうところのハローワークと福祉事務所を一体化したような“ワーク・アンド・インカム”をつくりました。日本でワンストップサービスがいわれ出したリーマンショック後の派遣村よりも、10年以上も先んじていました。さらに、2008年からは、ワーク・アンド・インカムを所得保障、雇用、住宅、保健などについて政府機関が連携を行う場として、なおかつ、NPO、コミュニティの支援資源とも一体化できる場として“コミュニティリンク”に衣替えを進めているところです。これは日本でいえばヨコのつながりのある総合的な福祉事務所のようなものといえるでしょう。
これらの施設自体は政府がお金を出していますが、アクセスはオープンになっていて、民間のNPO、コミュニティ組織なども使用しています。ニュージーランドのNPOやコミュニティ組織はたいていの場合、自分たちの事務所をもっていて、サービス供給組織として機能するだけではなく、アドボカシーつまり権利擁護、当事者の代弁機能など政府に対して物申せるポジションにあり、政府と対等な関係を結びやすくなっています。自分たちの事務所だけでなく、週に何度かはワーク・アンド・インカムやコミュニティリンクにやって来るので、ニーズのある人は所得保障の受給を行うだけでなく、その他の支援を民間組織から受けられるようになっています。場所によっては夜間も使用できるようになっていて、例えば、ひとり親を支援するための様々なプログラムが提供されています。
ひとり親というのは、そもそも以前にDVで精神的なダメージを受けていたり、自活の術を十分に知らない人が多く含まれています。ニュージーランドでは、料理の方法を知らないために、買い物をきちんとすることができず、家計の管理ができなくて、給付金をもらってもすぐになくなってしまうという悪循環に陥ってしまう人もいます。そこで、困窮する根本的な原因追及に取り組み、対策をとるためのひとり親向けのプログラムが開かれています。一見するとクッキングクラスのようにも見えますが、実は家計管理にまで踏み込んで指導する形になっています。そうしたプログラムを、行政機関による業務が終了した夜間の時間帯のコミュニティリンクで民間組織が実施したりしています。

――ニュージーランドのひとり親というのは働いていない人が多いのですか。

ワーク・アンド・インカムやコミュニティリンクは就労を支援する役割を担っているので、そこに来ている人たちの多くは就労できていない人たちということになります。ニュージーランドでは、日本と違い、ひとり親であることが失業している、あるいは、障害をもっていて働けずに収入がないことと同じ扱いになり、法定給付を受けることができます。給付を受けながら、トータルなサービスとして、問題の所在を明らかにして、どんな資源を使って解決していけば良いかについて、行政のスタッフが中長期的な計画を立てています。子どもが6歳になるまでにそうしたひとり親を働けるようにするために、例えば、教育・訓練が足りない場合に支援制度を使って学校に通って技術を身につけるなどの計画を立て、就労に結びつけていきます。日本では何が何でもひとり親に就労させるという形になっていますが、ニュージーランドでは子どもが小さいうちは猶予期間というか、働くための準備をする時間がきちんとあるのです。しかし逆に、非常に親切な仕組みであるため、何世代にもわたってひとり親で生活している一定のグループがいるという依存の問題がニュージーランドでは深刻化しています。もっとも、複雑な理由があって支援が必要な人にはありがたい仕組みであることに間違いありません。残念ながら日本ではそうした場合に放置されているだけという家族も存在するわけですから。
意外かもしれませんが、日本はひとり親世帯の相対的貧困率が2007年に54.3%とOECD諸国の中でも最も高い位置にあり、深刻な状況にあるといえます。そこで貧困が再生産され、子どもの貧困問題も生まれています。また、日本ではひとり親が全世帯の中で3%と少数派であることもあり、高齢者に目が向きがちで、これまで若い世代のことがあまり問題にされてきませんでした。ひとり親はいわゆるシングルマザーであるケースが多く、彼女らの84%は何らかの仕事に就いて働いています。しかし、それでも貧困であるということが実は問題です。今後、日本では社会保障や福祉制度について、働ける世代に対して資源を回していけるように新しい仕組みを考えていかなければなりません。

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